【ウトヤ島、7月22日】を観た感想です。
【ウトヤ島、7月22日】は、2011年の7月22日、ノルウェーで起きた連続テロ事件の一つ、ウトヤ島で起きた大量虐殺テロを描いた作品です。上映時間93分のうち72分を1カットで映像化しています。
【ウトヤ島 7月22日】作品情報
原題:Utøya: July 22
公開年:2019年
監督:エリック・ポッペ
出演:アンドレア・バーンツェン
上映時間:93分
少し前にNetflixで『7月22日』という映画が配信されていて、同じテロを扱っているが、本作とは別モノだ。Netflixの『7月22日』ははポール・グリーングラス監督・脚本・製作によるもの。
ノルウェー連続テロ事件の詳細
2011年7月22日、ノルウェーの首都オスロとウトヤ島で起きた連続テロ事件。
オスロ政府庁舎が爆破された後、ウトヤ島でキャンプをしていた若者たちを狙った銃乱射事件で、ノルウェー史上最悪のテロ事件である。
政府庁舎の爆破では8名が死亡、ウトヤ島では69人が死亡した。
犯人は極右思想に傾倒したアンネシュ・ブレイビク(当時32歳)。
【ウトヤ 7月22日】感想
ポール・グリーングラスの「7月22日」は犯人が警官に扮してウトヤ島に向かい、島に上陸する軌跡、そして銃乱射で逃げ惑う若者たちの恐怖、逮捕後に麻痺を追った青年の苦悩、犯人の自白、青年が裁判で証言をして犯人と対面するまでの一連の出来事をすべてカバーしている。
一方、本作はウトヤ島にいあわせた少女の視点から語られるウトヤ島の銃乱射のみを描写したもので、ドキュメンタリーに近い性質の映画である。
生存者の証言をもとに作られてはいるが、主人公のカヤは架空の人物である。
キャンプをしていたところ、静かな島に突然銃声が轟き、「え?今の音なに?銃声?」と何も分からないまま皆で顔を見合わせているところ、他の若者たちが走って逃げてくる。
さらに銃声が続き、音もだんだん近くなってくる。これはただ事じゃない、と十代の若者たちは一斉に森の中、建物の中へと逃げ始める。建物の中に非難したカヤたちも、やがて森の中へ逃げる。
その後、皆は森の中を抜け、海に面する崖の下に降り、窪みを探して上から見えないところにひっそりと身を寄せることになる。
警察がやってくるまで70数分を要した。その70数分の生きた心地のしない時間を視聴者が体感できるようにしたのがこの作品だ。
映画としてのダイナミックを実現するため、カヤが妹を探すというミッションを与えられてはいるものの、基本的に隠れながら銃声を耳にして静かに身を潜めるという70分になる。したがって、エンタメとしてこの映画を観るのはお勧めしない。むしろドキュメンタリーと思って観るのが良いだろう。
ただし、ドキュメンタリーとして観るにも、先述の通り、銃声を聞きながら身を潜める70分になるので、不適切な言い方ではあるが退屈ではある。(1テイクで撮ってる)
極限状態のためか、カヤもたまに無防備な行動に出るので(海辺で身を乗り出したり、歩き回ったりする)、映画を盛り上げるためにわざわざ付け加えたような行動が多少気になった。
実際の出来事とりわけテロ事件を扱ったものは、被害者や生存者へのリスペクトから採点が甘くなりがちだ。作品を批判すると彼らを冒涜するかのように勘違いされるのでは、という懸念があるのだろう。
ウトヤ島で起きたこの悲劇と生きなければならない若者たち、愛する者たちを失った家族のことを考えると心が痛むのは、正常な人間なら当然のことで、彼らが経験した恐怖、痛み、苦悩を世界に伝えることは重要なミッションであるが、本作では常にフラストレーションを感じずにはいられなかった。
キャラの掘り下げもないため、地面に転がった若者たちの遺体を観ても死を強く感じることができないフラストレーション、木の根元に5~6人で隠れて寝そべっている時に大きな声で話している時のフラストレーション、電話をかけて声を出していることへのフラストレーション、カヤの不可思議な行動へのフラストレーション・・・
フラストレーションが勝ってしまって、のっぴきならない70分が退屈な70分へと変わってしまったことが被害者と生存者への冒涜となりませんように。