ミセスGのブログ

海外ドラマ&映画の感想をパンピー視点で書いてる。

日本の美徳が日本を殺す

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日本人には海外では見られない特有の民族性がある。 真面目、誠実、忠実、堅忍、従順、奥ゆかしさ、慎ましさ、謙遜、温厚、公徳心、和を尊ぶ・・・いずれも今の日本の構築に貢献してきた美徳であるが、こうした日本人の美徳が日本人を逆に苦しめる世の中になってきていることにお気づきだろうか。

 

日本の美徳が日本を殺す 

お上に黙従する日本人

日本人への締め付けが止まらない。

2019年、消費税はついに10%に引き上げられる。一部の大企業や公務員、政治家、富裕層という上位1%を除いて、私たち国民はさらなる経済的負担を強いられることになる。

この上位1%はたとえ消費税が8%から10%に引き上げられようとも、その2%をカバーできる金融資産を持っているので、痛くも痒くもない。富裕層はもれなく株式を所有しているので、株式の配当や株の値上がりでインフレにも対応できるし、増税分の2%は余裕で回収できる。

ところが一般の国民はというと、株式を所有している人はまだ少ない。次々とやってくる支払いに追われ、毎月の収支のやりくりのに精一杯で株式を買う余裕がない。

そこへ消費税10%への増税、上昇し続ける社会保障費の負担、ありとあらゆるものに課された税金がのしかかってくる。日本人はいま限界まで締め付けられている。負担が上がる一方で、年金の受取額は減額されることが予想されるので、まさに二重苦だ。

また、こんどは車税を走行距離によって税金を増やそうとする動きもある。自動車重量税、消費税、ガソリン税を払った後であるにも関わらず。ガソリン税と走行距離税で、車所有者にはこれまた二重苦が襲いかかってくる。※自動車取得税は増税に合わせて廃止される予定?

走れば走るほど、走行距離税もガソリン税も重くなる。消費者に金を使ってもらって経済を回そうとしているとは到底思えない。さらに車は都市部ではなく田舎に住む者の必需品であるため、この車税が施行されて苦しむのは都市部より田舎に住む人たちだ。地方再生どころか地方を殺しにかかっているとしか思えない。いま話題になっている外国人の受け入れはその受け皿なのか。

所得税、法人税、相続税、贈与税、消費税、酒税、たばこ税、自動車重量税 住民税、事業税、固定資産税、地方消費税、自動車税、入湯税…

最近では出国税も加わった。

私たちが生きている限り、すべての行動に税金を課される。

問題は、日本ではお上の言うことは絶対で日本人が何をされても反発しないということだ。いくら税金を課してもデモやストライキ、暴動が起きないので、政府はこれからもすべての消費活動に課税してくる。

 

反抗しない日本人

ブラジルではバスの運賃が2.85レアルから3.5レアルに値上がりしたことで大規模な暴動が起きた。

ブラジルはいまだ汚職がはびこり、企業と役人が国民から金を吸い上げている国だ。物価は高騰し、公共サービスは劣悪で、国民の生活は苦しくなるばかり。そんな状況でバスの値上げがきっかけとなって暴動が発生した。バス料金だけでなく、現状に大きな不満をもつブラジル国民も加わり、暴動はあちこちに飛び火していった。

ブラジル人は暴動を起こすことで自分たちの困窮を訴えるという明確な意志表示を示した。結果、ブラジルのバス料金の値上げは撤回された。(その後、都市部で値上げされたが)

このバス料金の値上げ幅は、現在の為替で日本円でわずか84円から103円の値上げだ。ブラジルの生活コストや価値を考えると日本円で500円前後の値上げになるのだが、通勤手段が500円上がったからといって日本で暴動を起こそうと考える日本人は一人もいないだろう。

500円も上がったとしても、「困った」「生活が苦しい」と言いながら、きちんと支払って会社に通うのが日本人だ。

多国籍企業の思惑通りにグローバル化を掲げた日本でも、小泉政権から明確に経済格差が広がり始め、貧困層は確実にそして急激に増えている。日本ではいま7人に1人が貧困層(年間122万以下の可分所得)とされており、とりわけシングルマザー家庭は半数以上が貧困にあえいでいる。追い詰められた挙句、やむを得ず風俗で働きだす女性も少なくない。

日本の貧困率はG7のなかで米国に続いてワースト2位なのだが、アメリカの経済格差やアメリカでは上位1%が富を独占していることが頻繁に取り上げられるというのに、日本ではほとんど取り上げられない。

アメリカでは頻繁にデモが起き、「We are the 99%」というスローガンの下「ウォール街を占拠せよ」などの抗議活動が起きている。日本の貧困層はというと、声をあげることもなく、ひっそりと孤独死するか、自ら命を絶って人知れずこの世を去っているのだ。

ブラジルでは警察が賃上げのストライキもする。物価が上昇し続け、税金も上がり続け、賃上げが叫ばれている日本で、大規模なストライキが起きたのはいつだったろうか。

もう日本人はとっくに暴動を起こしていいレベルにある。しかし日本人という民族は、穏やかで、暴力を毛嫌いし、何事も和を乱さずに解決しようとするため、ひたすら耐え続ける。我慢ができない者はダメだとばかりに、愚痴や文句を垂らすことなく、苦難を耐え抜くことが美徳とされている。

デモを起こすこともなく、政府に責任を求めるわけでもなく、「自分がダメなのは自分の責任だ」「ワーキングプアから抜け出せないのは自分のせいだ」と言いながら命を断っていくのが日本人だ。周りの人間も「生活をやりくりできないのは自己責任だ、自業自得だ」と言いながら一瞥するだけである。

アメリカ国民がアメリカ政府に力を持たせすぎないように監視するための銃さえも日本人にはない。国民が何をしても怒らないので、政府や官僚はやりたい放題できる。財務省の無能の責任を問うこともなく「しかたない」で済ませ、絶対に逆らうことがない。それが日本人だ。

 

海外から理不尽に責められるも「大人の対応」をする日本人

日本国内で次から次へと日本人を苦しめる政策が課せられている一方で、日本人は海外からも不条理に攻め立てられている。

とりわけ韓国による日本への攻撃は酷いものがある。

韓国は、戦時売春婦だった朝鮮人慰安婦を「性奴隷」に仕立て上げ、20万人の少女を性奴隷にしたと世界に吹聴し、世界中に慰安婦像を建立し、アメリカで慰安婦の劇を上映し、アメリカの公立教科書に「日本軍は20万人の少女を性奴隷にした」と書かせた。

また、最近は戦時中に日本企業による募集や徴用によって労働した朝鮮人の「徴用工」を持ち出してきて、在韓日本企業に多額の賠償金を求める判決を韓国最高裁が出して日韓関係を再び揺るがしている。

慰安婦も徴用工も含め、日本と韓国の問題はすべて日韓基本条約と日韓請求権協定で集結しているのだが、韓国は国をあげて反日に動いているので国と国の締結や条約も無視して日本を責め立てている。

2016年に日韓の間で締結された「日韓合意」は、慰安婦問題をこれで一切終わりにしようという合意だったが、韓国は「前の政権が勝手に決めたもの」として、今なお安倍政権に「心からの謝罪」を求めている。(むろんこの結果は日本人の多くは想定済みで、日韓合意締結時には日本人の多くが「日本政府は学習しないのか」と憤った。)

さらに2011年頃から勃発した旭日旗問題は、サッカー選手が自身の反則の弁解として勝手にこじつけたことに端を発しているのだが、今では立派に反日外交カードとして機能し、韓国は旭日旗がドイツナチスのハーケンクロイツ旗だという印象操作を世界で行っている。

日本は韓国に竹島を占領され、実効支配されているのだが、何をされても「受け入れられない」「極めて遺憾である」「厳重に抗議する」と口で抗議するだけなので、韓国にとってはもはや痛くも痒くもない。

軍艦島のユネスコ登録時には、韓国が「強制労働という文言を入れよ」と要求し、対立を避けて韓国を逆なですることなくユネスコ登録を達成するために「大人の対応」を心がけた日本は、韓国の要求通りに「強制労働」という文言を入れた。憤怒した日本人には「forced to work は強制労働の意味ではない」と苦し紛れの誤った弁解をして失笑を買った。

国連は中韓の人員が多く入り込んで二国のプロパガンダ機関に成り下がったため、「国連人権委員会」という組織がことあるごとに日本に勧告を与えている。批判内容は上述の慰安婦、徴用工から、日本の女子高生の援助交際まで多岐にわたる。かたや現在進行形で大規模な人権侵害が起きているチベットやウイグルに目を向けることはない。

日本は捕鯨で国際的にバッシングを受けているが、日本よりも捕獲量が多いノルウェーは批判されていない。

このように数例をみても分かるように、日本人は理不尽にバッシングを受けているのだ。その理由は簡単、日本人が言い返さず、反発せず、何もしないからだ。他国や国際社会と対立することを恐れて「大人の対応」をするからだ。

大人の対応というと聞こえはいいが、何のことはない、自分が我慢して場を収めようとしているだけだ。自分が我慢さえすれば、丸く収まる。自分が謝りさえすれば、場が収まる。場の雰囲気を乱したくない、和を尊ぶ日本人の美徳が、日本人を殺しにかかっているのである。

中国・韓国は日本のこうした気質を理解し、利用している。被害者を演じて日本を責め立てれば、日本人が強く出れないことを知っているのである。

グローバル化に歯止めがかからず、人・モノ・カネの動きが止まらない以上、日本も海外諸国と同じ土俵で生きていかなければならない。日本にも外国人が増えてきている。日本人のルールであれば通用するが、相手が外国人であるなら、日本人という自分から脱皮して相手と同じ土俵でも戦える準備をしなければならない。

日本人の美徳を無理に捨てるのではなく、これからの日本人には臨機応変に対応できる能力が求められる世の中になるだろう。私たち日本人はいま重大なターニングポイントに生きている。