ミセスGのブログ

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いまだにグローバル人材とか言ってて大丈夫なのか。21世紀の教育はSTEMからSTEAM、6Csへ。

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中学受験の学校説明会に行ってきた。

今のところ我が家は米国に戻る予定なので受験はしない方向だけど、コロナ禍でどうなるか分からないので一応バックアッププランとして情報収集しておこうと思った。

学校説明会は3校行った。

そのうち2つは偏差値は中の下くらい、割と自由な校風。

3つめは偏差値が最高レベルの学校だった。

結論からいうと、意外にも偏差値が低い学校のほうが好印象だった。

偏差値の高い学校は、間違いなく生徒たちが賢く学問に熱心で互いに切磋琢磨している様子だった。目標のひとつに東大合格や国際社会で活躍できるグローバル人材の育成が掲げられていることからも学問レベルの高さが伺える。

帰国生や外国籍生徒の数は少ないがネイティブ講師を常駐させて模擬国連にも参加するなど英語教育にも力を入れている。まぁ今はどの私立中学もそんな感じなんだと思う。「グローバル人材」「国際社会で活躍」「英語でディベート」「個性」「多様性」がキラーワード。正直に言っちゃうけど、はっきりいって古臭い。20年前から変わってない。

他方、偏差値の低い方の2校は帰国生が比較的多い。25%くらいだろうか。帰国生が選んできていることからも分かるように校風は割と自由で、生徒の自主性・自律性を重んじる傾向が強い。

英語は取り出し授業(帰国生や英語圏出身の生徒のために英語だけ通常の生徒と分けて受ける)をしているところが多いようだが、普通受験をしてきた子達と帰国生はすぐに打ち解けて互いに良い影響を与えているという。

説明会では在校生による学校紹介・説明が日もしくは英であったので興味深く聴いてみた。

そこで気が付いたのは、偏差値とコミュニケーション能力は比例しないということだった。

もちろん偏差値が高いということはそれだけベースとなる知識が豊富ということなので、偏差値が低い人より語彙や表現力を多く備えているはずだ。

しかしコミュニケーションというのはあくまでも人対人でとるものなので、相手に与える印象や間合い、相手が知りたいこと(相手の要求)を嗅ぎ取れる能力というのは偏差値で測れるものではない。

頭脳明晰で学才であるからといって必ずしもコミュニケーション力が高いということにはならないのだ。

名門校の生徒による説明は素晴らしかったものの、緊張していて肩肘が張った様子で紋切り型の印象が拭えなかった。世間が求める優秀な人物が発するべきメッセージを発している、そんな印象だった。モデル市民である。校長の退屈な話を思い浮かべてほしい。中身は素晴らしいことを言っているのだろうが頭からすっと抜けてしまい、印象に残らない。

他方、とりわけ帰国生の多い一校はチャットシステムにグリッチが二度起こったにもかかわらず、動じたり狼狽せず、冗談を交えながら完全にリラックスしている様子で教師と話しながら校風など紹介していた。

風通しの良さが伝わってきた。名門校の生徒による説明では起こらなかった保護者からの笑いがそこでは見られた。オンライン越しの生徒たちの様子に保護者たちもリラックスしていた。(偏差値が高くない学校の説明会なので保護者の緊張感やストレスが低いという影響も考えられなくもないが。)

おそらく娘を通わせるとしたらこの学校だろうなと直感した。偏差値よりもっと大事なものがある。日本の学校に通わせるにはまだ娘の日本語力や学力が心配だが、この学校ならなんとかなるかもしれないと思った。

人間は頭数が多いほどアイデアや解決策を見出しやすくなる。最近の研究では、多様な背景をもつ頭脳が多いほどイノベーションも起きやすいことが判っている。米国でイノベーションが多く起きてきた事実とアメリカが世界最大の移民国家*であることは偶然ではない。*2020年の米国の移民数は約5000万人、次が独で1500万人。

上記の3校でいえば、偏差値・学歴が高いのは最初の1校だが、イノベーションやこれまでにない新しいアイデアが生まれやすいのはきっと帰国生が最も多い一校だ。

名門校ほど既存の体制から脱却しにくい一面も指摘されている。日本は米国よりずっと同質性が高い社会なので新しいアイデアが生まれる土壌という面からもハンデが大きく、名門校とあれば教育制度の既存枠を打ち破ることが更に難しいだろう。※例外を除く。

米国ではすでにSTEM(Science, Technology, Engineering, Math)では不十分だという認識が浸透しつつあり、教育者はSTEAM(Science, Technology, Engineering, Art, Math)を掲げている。

私立校や企業が設立・支援するチャーター・スクールなどでは、ブッシュ元大統領のNo Child Left BehindやオバマのRace to the Top教育改革もまったく実を結ばなかったことからすでに教育方針の大幅な転換を図っており、その成果が評価されつつある。

そのアプローチの詳細は省くが、いずれも学歴偏重主義を見直し従来の教育システムに逆行する最先端の教育システムを紹介したものが多い。

名門校への裏口入学が曝露されたり、成績のAを取りやすい授業を選んだり(アメリカでは単位を取りやすい教授の格付けサイトまであり、学生は単位を取りやすい教授を選ぶ。したがって人気の教授は有益な知識を授けてくれる教授ではなく、欠席してパーティに明け暮れていても単位を簡単に取らせてくれるお気楽な教授ということになる。)、自分が情熱を持っているからというよりも大学の面接官に好印象を持ってもらうための課外活動を選ぶなど、学歴偏重主義によってむしろ学歴が意味を成さなくなるという現象も起きているからだ。

さらに生徒の評価方法も従来とは異なり、定期テストを一切行わず実地評価ベースであったり、1年間を通しての教師からのナラティブであったりとペーパーテストだけに頼らない評価方法を実施している。

先日の進路説明会のQ&Aで保護者の学歴一辺倒の姿勢を目の当たりにしながら、いまだに「国際社会で活躍できるグローバル人材の育成」を掲げ、成績と学歴偏重主義の日本の教育制度で、果たして21世紀を生き残れるのだろうかと憂慮した。

説明を聞いた3校ともハークネステーブル法による積極的な議論を採り入れているが、ハークネステーブルだって良質な対話は生まれるかもしれないが、結局はありきたりの結論しか出ないことが多いので問題解決(problem solving) を考えるハンズオンタイプの学生など一部の生徒にとっては退屈に感じると思う。(少なくとも私にとっては退屈だ。)

21世紀を生き残るための教育の6Csは若干の違いはあるけど、今のところ私が納得したのはこの6Csかな。

  • Collaboration(協働、チームワーク)
  • Contents(知識:従来の科目知識)
  • Creativity(創造力)
  • Critical Thinking(クリティカル・シンキング)
  • Communication(コミュニケーション)
  • Confidence(自信)

長々とウンチク垂れたけど、社会に出てから実利になる学習を採り入れることが重要だと思った。(草刈りをより楽チンに効率的に、非力なお婆さんでも悠々刈れるツールを発明してください。お願い。詳細はこちら。)

長い人生、困難に直面したときにどう対応するか、これまでの知識をどう応用できるか。そういったスキルは決して黒板に向かって一日中座って教師の講義を聴いているだけでは身に付かない。

余談だけど、娘の親友(ハーフ)は日本語が殆どできないことから先日受験をしなくていいインターナショナルスクール一貫校へと旅立ってしまった。引っ越しもして。彼女はアスリートとしてオリンピック出場を目指している。親御さんも彼女自身も立派だと思う。