遅ればせながら海外ドラマ【ビッグ・リトル・ライズ】を観ました。
おもしろいやないかい。
主演がニコール・キッドマンとしゃくれスプーンということで、「あのキッドマンとスプーンがドラマに出演?」と半ば観る気をくじかれていたものの、食わず嫌いを反省しました。なぜなら面白かったもの。
【デスパレートな妻たち】を楽しめた方にはオススメのドラマである。
予想してたよりずっとダークで人間くさく、見応えあるドラマだった。
シーズン2も2019年6月に開始予定で、今度は何とメリル・ストリープまで出る。メリルンは脚本も読まずに出演を承諾したようだ。
【ビッグ・リトル・ライズ】
登場人物
メインの人物は、ポスターで顔を突き合わせているこの3人の女性である。
リース・ウィザースプーン マデリン
主演はリース・ウィザースプーン。2013年にライアンフィリップじゃない方の夫が飲酒運転で逮捕された時に同乗していて、警察に「私を誰だと思ってるの?」とセリフを吐いてさらに有名になったシャクレを代表する美人ロマコメ女優である。
しゃくれを除けば美人だし、43歳にしては綺麗に年を召している(整形はしていないように思える)。実は156cmしかないホビットだが、足も長いので背が高く見える。ママ友トリオのもう二人の身長180㎝のニコール・キッドマンと173cmのシェイリーン・ウッドリーと並んで映っていても「ちいさっ」と思わせない存在感は純粋に見事だ。
本作では主演マデリンを演じているが、まだ法的にブロンドである。
スプーン演じるマデリンは善意に基づくお節介焼きで、いつも明るくよく喋るが、何やら秘密を抱えている。
ニコール・キッドマン セレステ
マデリンのママ友で親友のセレステ役には、押しも押されもしない名実ともに大女優のニコール・キッドマン。
元弁護士で、高身長・高スペックの夫に愛し愛され、すべてを持っているように思えるが、誰も知らない秘密を抱えている。
本作ではヌードも披露している。いつも披露しているので、キッドマンファンは古女房なみに見飽きてるかもしれないが、相変わらずマネキンのように美しい。
シェイリーン・ウッドリー ジェーン
モントレーに息子と引っ越してきたジェーン。マデリンとセレステと友達になるが、ジェーンもつらい過去の秘密を抱えている。
富裕層が多いモントレーのなかで、シングルマザーで飾り立てることもなくジギーという息子と二人で質素な生活をしている。要は私みたいなもんだ。
ジェーンを演じるのはダイバージェントだかサイバーエージェントだかに出ていたシェイリーン・ウッドリー。名前は絶対に覚えられないが、顔は覚えられる若手女優。
【ビッグ・リトル・ライズ】あらすじと感想(ネタバレ)
ドラマの舞台はカリフォルニア州海岸の田舎町モントレー。富裕層が集まるこの都市は、クリント・イーストウッドが市長を務めたカーメル市の隣にある美しい町だ。
撮影は実際にモントレーとカーメル、パシフィック・コーブで行われた。のどかでとても美しいところだ。
モントレーには水族館があるのだが、私はここで財布を落としたことがある。財布を落として悲嘆にくれたが、なんと私の財布は落とし物として水族館の受付に届けられていた。財布の中身も手付かずで、現金、クレジットカードもすべて残っていた。
アメリカで財布を落としたらまず戻ってこないと考えていたので、アメリカもまだまだ捨てたものではないなとアメリカ人民に感謝したのを覚えている。
モントレーはここ。
ドラマはこの美しい田舎町にジェーンというシングルマザーとその息子ジギーが越してくるところから始まる。
ジェーンは息子の小学校でシャクレスプーンと知り合い、ママ友になる。そこにスプーンの親友セレステ・キッドマンも加わり、度々お茶をするママ友になるのだが、3人はそれぞれ誰にも言えない秘密を抱えていた。
第1話には最終話で開催される資金集めのパーティで起きた殺人事件のシーンが挿入されるのだが、誰が殺されたのか、誰が殺したのかは最終話まで明らかにされない。
物語が進むのと同時に、警察にインタビューされて町民が好き勝手なゴシップを証言するシーンが挿入される。
これがドラマの構成なのだが、何が気に入ったって映画仕立てなところ。海岸沿いの目を見張るような景色や、画の背景を想像できるようなカメラアングルはそのまんま映画にできそうだし、ジェーンのフラッシュバックシーンはドラマチックで幻想的でさえある。
くわえてスプーンの法的にブロンドな喋くり(最初はやかましいがじきに慣れるので心配いらない)、キッドマンのなにをかいわんとする抑えた佇まい、デートレイプされた過去によって心を閉ざしたごく普通の女性ジェーンのトリオのバランスが良い。
特筆すべきはやはりキッドマン。セレステ・キッドマンは元弁護士で容姿端麗、ハイスペックな妻大好き男と結婚して双子の男の子にも恵まれ、海を遥か遠くまで見渡す豪邸に住んでいる。言わば、すべてを手に入れた女であり、これはリアルキッドマンにも通ずるものがある。
そんなセレステ・キッドマンだが、実は誰よりも深い闇を抱えていた。それはハイスペックなイケメン夫のペリーによる日常的なDVである。
表面から見たら完璧な夫婦は、妻を溺愛しながらも暴力を振るわずにはいられない夫と、暴力を振るわれながらも夫を愛し続ける妻という倒錯した関係にある。
DV被害者という難しいキャラを演じたキッドマンはまるでリアル経験者のように被害者の心理と葛藤を再現している。
キッドマンの完璧ともいえる美が鼻についてしまって褒めるのを無意識に拒んでいた私も、キッドマンの女優としての力量を認めざるを得ない。
完璧な人生を送っているかのように見えるキッドマンがDVを受けていて、タートルネックばかり着て首のアザを隠したりする様子に慕情のような感情がこみ上げてきて
「キッドマン、あなたも美人で完璧に見えるけど、色々あったんよね、キット」
なんて180cmのミス・パーフェクトの肩を叩きたくなる思いに駆られるのだった。あ、ミセス・パーフェクトか。
セレステ・キッドマンがミスター・パーフェクト夫からDVを受けているということは早い段階(2話くらい?)で分かるので、「デスパレートな妻たち」のようなお気楽ママコメ系を予想していた私は良い意味で裏切られてしまった。
こんな絵にかいたような美男男女が、あんなことこんなことしちゃう。
激しい小突きや首掴み、腕掴み、平手打ち、噛み技などが繰り広げられ、呆気に取られていると今度は激しいセックルシーンが飛び出す。
ヌードを厭わないキッドマンだが、バニーセックスまでこなすとは、もはや脱帽である。
「聖なる鹿殺し(感想ここ)」ではコリン・ファレルを相手にベッドの上で裸でゴロゴロしてたが、今回も夫とのwebチャットでベッドの上で裸でゴロゴロしているので、ベッドの上で裸でゴロゴロするのがよっぽど好きなのだろう。
セレステ・キッドマンもやられるばかりではなく、やり返すこともある。平手打ちをされればし返す強さがあるのだが、もちろん力で敵うわけがなく結局最後は支配されてセックル(あるいはセックルという名のレイプ)に至ってしまう。190cmの男性に殴られてやり返すのは並大抵のことではない。190cmの威圧感といったらそれは凄いものだ(アメリカにはけっこういる)。
夫婦は激しい暴力のあとはきまって激情的なセックスをし始める。夫にとって暴力は興奮剤、暴力によって性的興奮が得られるのだ。ただし、精神的虐待と物理的暴力を別にすると、夫ペリーは確かに妻を愛しているように見える。
妻セレステ・キッドマンも暴力を振るわれているにも関わらず、夫のことを愛しているので暴力のあとの激しいセックスにも応じるのだが、それがレイプなのか愛し合う行為なのか本人は区別できないメンタリティに陥っている。
単なるDVの加害者と被害者というだけでなく、セレステ・キッドマンと夫のペリーがお互いを溺愛しているという点が人間心理の複雑さを感じられて実に妙味である。
夫と別れる決心がつかなかったキッドマンは、意外なきっかけから一歩を踏み出すことになる。夫婦には二人の息子(双子)がいるのだが、そのうち1人が同級生の女の子に暴力をふるっていたのだ。
息子は幼心に父ペリーが母キッドマンに暴力を振るっているのを知っていた。夫がキッドマンの首を絞めていたように同級生の女の子の首を絞めていたり、夫がキッドマンを噛んで居たように同級生の女子を噛んでアザを作っていたのだった。
この虐められている同級生の女の子のママ「レナータ」を演じるのがローラ・ダーンだ。
レナータはPaypalのCEOを務めるキャリア組のリッチなパワー・ママなのだが、娘を虐めているのがジェーンの息子のジギーだと勘違いしていてジェーン親子に辛く当たる役だ。
そのせいでジェーンと仲の良いシャクレ・スプーンとも交戦する。ローラ・ダーンの登場はケーキの上の苺みたいなもんで素直に嬉しい。
ちなみに学校の先生がやたらクソで、クラスの親子全員いる前で「誰が首絞めたのかな~?指さして」という理解に苦しむ行動をとる。言わずもがな、こんな公開つるし上げはアメリカでも普通許されていない。ドラマのためとはいえ明らかにやり過ぎな演出だろう。
トリオの中心的人物にある主役のスプーンの人生はというと、元夫に恨みつらみを吐き、元夫のGFか妻でオーガニック自然派のヨガインストラクターをしているゾーイ・クラヴィッツに嫉妬しながら、激しいセックスとは無縁の退屈で優しい夫と幸せそうな家庭を築いている。
取り立てて大きな悩みはないものの、成長していく娘(一人はティーン)が自分の手を離れていく寂しさや、優しくて誠実だけれども刺激のない夫、自分の人生で何かを成し遂げたいという中年の渇望や「なんとなく満たされない」という普通の主婦が抱きがちな悩みを抱えている。
で、スプーン自身もそれが自分でもなんだか分かっていないので、ジェーンのために立ち上がったり、レナータに宣戦布告したり、人形劇をなんとしても成功させようとしたり、劇の指導者と不倫してしまったり。そんでもって、たまにその罪悪感に悩まされている。
スプーンの夫エドは真面目で誠実なのだが、とにかく面白みがなく退屈な男である。ふつうの人は「真面目で誠実なら言うことないのに」とスプーンの有難みの分からなさを憎々しく思うかもしれないが、退屈なパートナーと人生を共にするというのは生気を感じない生活が一生続くことを意味するので、スプーンの気持ちも十分理解するに値するし、いくら真面目で誠実でもエドのような男性を伴侶にするのは正直、考えてしまう。
知り合いのアメリカ人男性にいつもクレイジーな女性ばかり選ぶ人がいた。私と旦那はいつも「ホワーイ」と言い合っていたのだが、彼の気持ちも分からないでもない。
娘が通っていたスクールにとても素敵な先生がいて、旦那はいつも鼻の下を伸ばしてたので私は旦那をシバいていたが、その友人はまったく興味を示さずに、まもなくクレイジーで好戦的な女性と交際し始めた。
旦那は保守的なので、好みのタイプも保守的な女性だ。その先生はカワイイだけでなく見た目も保守的で物腰も柔らかだったので、私はすぐに旦那のタイプだと分かった。
しかし友人に言わせると「I don't know...maybe she's not crazy enough for me.(う~んどうかな…僕にはクレージーさが足りないかも)」ということだ。
彼の恋愛はいつもクレイジーな女性に振り回されて交際は長続きしないのだが、それが彼の性癖なので変えることはできない。人の好みは十人十色である。
私は本当はコリン・ファレルの外見をした寡黙な男性が好きなのだが、自分自身がエドのように誠実で面白みのないタイプなので、結局伴侶に選んだ男は真面目で誠実なタイプではなく、不真面目で不誠実だが笑いを提供する男性だった。
トリオの3人目ジェーンは、パンピーに一番近い存在にある。スプーンやキッドマンを見てアメリカのママたちはいつもあんな素敵な格好と身だしなみをしているのかと思ってはいけない。あれは富裕層なのでアメリカの日常シーンとは言い難い。実際はジェーンのようにレギンスとTシャツやパーカーのような格好をしたママが多い。
ジェーンはデートした相手といい仲になるものの、暴力的なレイプをされ、息子ジギーを身ごもったという過去がある。そのため、ジェーンの服装はダークで質素で人目を引かないものが多い。子どもの頃に性的虐待を受けた私自身もダークで質素な格好ばかりを好むので、この辺りもうまくリアリティを再現していると思った。
がっつりネタバレしてしまうとジェーンをレイプしたのがセレステ・キッドマンのDV夫ペリーなのだが、この辺りは察しの良い人なら途中で気が付くかもしれない。
最終話ではトリオ3人にレナータとゾーイ・クラヴィッツが加わったところに酔ったペリーが現れ、セレステに暴力をふるったところを助けようとして階段から突き落としてしまう。第1話の殺人事件の被害者は、DV加害者のペリーだったというわけだ。
この殺人(傷害致死)は、不条理な暴力という女性の敵を前に、意見や考え、立場の相違で不仲だった者が手を組み、暴力という正義の鉄槌を下した時であった。暴力はどんな時も許されるべきではないが、一つだけ例外がある。自衛のための暴力だ。そして身を守る時、暴力しか術はない。
女性たちはペリーを前にした時にすべてを悟るのだが、事態を把握する能力や、ゾーイ・クラヴィッツがペリーの様子を見て危機的なものを察して後をつけていった描写など、日ごろ無視されがちな女性の能力に焦点をおき、静かに讃える姿勢に好感が持てた。#metoo運動より、よほど説得力のあるフェミニズムではないだろうか。