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『ワウンズ:呪われたメッセージ』映画の感想・考察・解説:人間心理を突く破局ホラー

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ワウンズ:呪われたメッセージ@Netflix

Netflixで配信されたばかりの 『ワウンズ:呪われたメッセージ』という映画を観た感想です。

「ワウンズ」て。

原題 wounds をそのままカタカナ表記しちゃったわけだけど、そんなの英語スピーカーだって分からないよ!「ワウンズ」って言われたら十人中九人がWAON?て言うでしょ、それ。こういう時こそちゃんと邦訳しないと。 

woundsは「傷」のことを意味します。

劇場スルーしてNetflixやHuluで公開されたということはぁ、そういうことなんだろうなぁ、と思いつつも、よく考えてみると意外と奥が深い映画でもある。でも観客に優しい見せ方ではないのでimdbなど巷の評価はすこぶる悪い。

 

映画『ワウンズ:呪われたメッセージ』作品紹介

原題:Wounds

公開年:2019年

監督:ババク・アンヴァリ

出演:アーミー・ハマー、ダコタ・ジョンソン、ザジー・ビーツ

上映時間:95分

原作はネイサン・バリングラッドの「The Visible Filth」。原作はすごい面白いらしいので、時間ができたら読んでみたいと思った。

ババク・アンヴァリ監督はイラン出身で、前作のホラー映画「アンダー・ザ・シャドウ~影の魔物~」が好評。

主演は典型的なお坊ちゃま顔のくせに軍隊を連想する名前を付けられたアーミー・ハマー。代表作は「ソーシャル・ネットワーク」「君の名前で僕を呼んで」「ローン・レンジャー」など。最近日で公開された「ホテル・ムンバイ(感想ここ)」が記憶に新しい。

アミハマのチャーミングな顔から察することができるように、曾祖父は石油王アーマンド・ハマー(ロシア系ユダヤ人)と根っからのお金持ちお坊ちゃんである。

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アーミー・ハマー通称アミハマ

育ちの良さが滲み出てしまい、ハリウッドはアミハマをどう使おうか考えあぐねているように思うし、視聴者としてもアミハマの清潔端正な顔を眺めながら「こいつ、どうしようか」「何の役に起用すべきか」と心配してしまう人物でもある。

そしてアミハマのGF役にダコタ・ジョンソン。「50シェイズなんとか」とかいうエロ映画やリメイク版「サスペリア」の女王を演じたエロホラー女優、父はドン・ジョンソン、母はメラニー・グリフィスと俳優一家の出身。

何かとしなやかな肢体を披露する機会が多いダコタンだが、本作でも程よく肉付いた脚とアンダーウェアからはみ出るハミケツを披露してくれる。ハミケツは英語で butt cheek というが、アメリカ女子はよくハミケツを見せて歩いているので、この機会に覚えておくとよい。

それから劇中でアミハマが口説こうとしているバーの常連の女にザジー・ビーツ。「デッドプール2」で幸運な女を演じ、最新作「ジョーカー」にも出演しているキュートな女優である。

 

『ワウンズ:呪われたメッセージ』あらすじ

謎の携帯電話に届いた不気味なメッセージ。ゆっくりと忍び寄る恐怖。癒えることのない傷は、痛みを増していくばかり。

ワウンズ:呪われたメッセージ-Netflix 

アメリカのニューオリンズにあるバーでバーテンダーをしているアミハマ。

ある日、バーで客同士が喧嘩になり、その動画を撮影していた大学生たちがスマホを落としていく。

アミハマはスマホを拾い、仕事を終えてガールフレンドのダコタンの待っている家に帰る。

まもなく、そのスマホに不気味なメッセージと画像が届く。

スマホのロック画面を解読することに偶然成功したアミハマだが、スマホにはスナッフ写真のような画像と動画が映っていた。

これをきっかけにアミハマの人生は転落していく。

 

『ワウンズ:呪われたメッセージ』感想&考察

スマホを拾ったらスナッフ画像が映っていて恐ろしい大学生のスナッフサークルの存在を知ってしまって付け狙われるといったスリラー(「8mm」系)や「シニスター」系のファウンド・フッテージものかと思ったらそうでもない。

では「リング」に代表されるような「それを観たら死ぬ」的な悪霊憑依オカルト映画かと思ったらそうでもない。

端的に言うと、この映画は、表面的には魅力的だが実体は空虚で中身の無い男が「あーこいつ中身空いてる、スカスカやん」とグノーシス主義の悪霊に目をつけられ、幻覚と空想でメンタルの空虚さを埋められ、周囲の人間との破局をきっかけにいよいよ精神をきたしてグノーシス主義の邪悪な霊?のになるまでを描いたものだ。

大丈夫?ついてきてる?

ゆっくりでいいよ!実は、大したこと書いてないから。

端折って言えば、中身のない男が悪霊に取り憑かれるという、よくある話です。

でも、なんで取り憑かれるターゲットに選ばれたかというのが辛辣に描かれていて中々面白く、酷評だけではあまりにもったいない作品。

邪悪な霊の正体は明らかにされていないけど、たまに目が出てくるので分かると思う。

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悪いやつ

*グノーシス主義:名人の精神的な要素を解放する方法として霊知を奨励し、物質世界を拒絶する宗教的説法。

グノーシス主義は「肉体など実体のあるものは悪」で「霊知は神徳」と捉えているため、人間がこの世の存在(=肉体=悪)を超えることを奨励する。キリスト教のジーザスが身体を所有していたような感覚かな?

要はここではボディーはNGで、スピリットはバンザイてことじゃ。

劇中で紹介されるグノーシス主義の儀式では(実際に大学生が実行したかどうかは不明、この際どっちでもいい)、人間の生贄を捧げる儀式を通じて神のような存在と接触を図るという。

人間の体にできた傷があっちの世界とこっちの世界を繋ぐ門の役割をしていて、最後のシーンではエリックの傷の中から悪霊(目の持ち主)が出てきてアミハマの口の中に入ろうとしたんだと思われる。

ちなみに画面は私ではない方のGで覆われてしまうので、その姿は目撃できない。

この大量Gは悪霊の強さを示しているとともに、アミハマの精神破壊度合いを示している。ゲームでいうライフバーみたいなもんだ。分かりやすい。

アミハマは拾ったスマホをきっかけに悪霊に目を付けられ、幻覚に悩まされるようになる。ていうか、あんだけ年がら年中アルコール飲んでたら、そら幻覚くらい見るわ。

劇中のアミハマは90%はアルコールを飲んでいて完全にアル中だし、途中でドラッグにも手を出しているのだから。悪霊のせいじゃないね。

但し、アミハマが現実に目撃したGはバーにいた最初の一匹かそこらで、最後のシーンの大量Gはアミハマの幻覚だと思う。自宅にいたGも実際はそんなに多くないはずだ。

Gだけでなく、アミハマが見聞きした殆どは幻覚であろう。現実なのは、彼女ダコタンの存在、好意を抱いているバーの常連女アリシア(ザジビー)の存在、エリックの存在、エリックの顔の怪我など。

大学生たちも現実だが、どこまでが現実かは分からない。大学生たちは傷とグノーシス主義というオカルト儀式を実行したようだが、スマホに残されていた生首が本物かどうかは明かされておらず、大学生たちが作ったプロップスに過ぎないかもしれない。

スマホ動画の生首の頭からニョキッと出た小さな手や、自宅にたまに出没する霊魂的なエンティティ、運転中にスマホを持つ自分の腕からGが這い出たシーンなどは、アミハマの幻覚で間違いない。

いま思えば、最初にバーに現れた大学生ボーイが何となく奇妙に感じられたのは、大学生ボーイが奇妙なのからではなく、アルコールの影響とホラー好き(アミハマはMORGUS The Magnificient のTシャツをずっと着ている。Morgus The Magnificientはアメリカの60年代のドラマで、狂った科学者の話。同じニューオリンズが舞台)と空虚な中身が作用した幻影イメージなのかもしれない。

このような現実と幻覚の境が分からなくなる感覚は「ヘレデタリー/継承」でも経験したし、バーチャルな世界と現実の境が不鮮明になってきている現代に作られる昨今のホラー映画の特徴なのかもしれない。

あっちの世界からアミハマを器にしようと追ってきているストーカーは「イット・フォローズ」を連想させた。尤も「イット・フォローズ」は既に人間の体をしっかりと器にしていた点で異なるのだが、霊知として人間を器にして憑りつこうとしている点では同じ。

そして何故アミハマが選ばれたかというと、これはもうアミハマが憑りつくに理想的な男だったとしか言いようがない。

アミハマは外見はハンサムでチャーミング、人当たりが良く、気が良い青年である。その実、大学を中退してバーテンダーをしているアラサーで、人生で何も成し遂げたことがない。謂わばルーザー、負け犬である。

愛のないGFダコタンと同棲したまま、好意を寄せるバーの常連女アリシアをまともに口説くこともできず、バーで喧嘩が始まっても解決することができず他人任せ(アリシアのBFは喧嘩を止めようとした。アリシアが勤勉で中身のあるBFを選んだのも当然である)、スマホの不気味な画像を見ても何もせず、ダコタンに「警察に」とせっつかれても何もしようとしない。問題解決能力ゼロの男である。

さらに警察に行く途中で腕からGを出す幻覚を見てスマホを落とした隙に大学生に奪取され、警察官にろくな情報も提供できずに鼻で笑われる

不気味な存在にストーキングされているのを感じているさなかにアリシアを口説いていたりと優先事項も滅茶苦茶であります。

人生に真剣に取り組もうとせず、氷の表面を滑ってお気楽な人生を送っている中身のない男なのである。アミハマは、そのチャーミングなマスクの下に、薄っぺらく空虚な中身を隠しているわけだ。

これは現代のSNSに溢れる外見を繕うだけで実用的な社会生産活動をしていない「インフルエンサー」への痛烈な風刺ともとれる(アメリカにはこうした人生余裕モードの「インフルエンサー」が多い)。

ダコタンに別れを告げたときさえも、ダコタンは怒りも泣きも悲しみもせず「オーケーイ」と言うだけ。怒ったり泣いたり悲しむ価値さえない男という哀れな展開。

ダコタンがアミハマに面と向かって言ったことは全て真理を突いている。なかでもこの二言がアミハマのすべてを物語っていて悲しい。

You're a mock person.

You're just a body.

邦訳では「あなたは人をあざ笑う。あなたはただの人よ」としか訳されていないので分かりにくいのだが、mock personというのは嘲りの的になる笑い種の人間のことである。つまりダコタンはアミハマのことを指して言っているわけで、アミハマが人をあざ笑っているわけではないのでこれは誤訳だろう

本来の意味は、アミハマにむかって「あんたは笑い種よ。ただの肉体」と言っているわけである。

アミハマがグノーシス主義の悪霊が憑り付こうとしている「依り体」「器」であることを考えるとYou're just a body は上辺だけの人間アミハマを示すのにぴったりの言葉なわけだ。

ちなみにダコタンが執筆中の論文のタイトルも The Hollow Man(中身のない男)だった。

そして金持ちボンボンの御曹司であるアーミー・ハマーは、この役のように「人生お気楽モードの上辺人間」を演じるのにまさにうってつけだったと言えよう。貧乏人として苦労して立身出世した人物ではないことが穏やかで端正な顔から伝わってくるからだ。実際のアーミー・ハマーの中身があるかどうかは置いておくとして。

悪霊の立場からしてみれば、中身のない人間ほど憑りつきやすいものはない。空虚なのだから。

これは悪霊だけに限らない。カルト宗教、極端な政治イデオロギー、原理主義、白人至上主義などのヘイトグループ、さらにはアルコールやドラッグといった悪徳も、空虚な器には憑りつきやすいものである。

20代~30代にかけては人生の目的や意義といったものを探し、自分は何者なのかを探求する不安定な時期でもある。したがって、空虚な人ほど、自分と自分の存在を定義してくれるものにしがみつこうとする。人生に迷ったときや岐路・困難にぶち当たった時も、人生に意味を与えるものにしがみつこうとする。

この映画は、アミハマのように小さな精神を持ち、陳腐なことに人生を浪費し、享楽やくだらない事に呆けていると、まっさきに馬鹿げた流行や情報に飛びついて悪意ある者に利用されるという教訓を伝えている。

マインドを悪徳に奪われた者は本能的に内在する憎悪にすがりつき、やがてそれが人生となり、あらゆる犯罪へと駆り立てられることになる。

暴行、殺人、テロ、銃乱射、通り魔事件の犯人たちの心理にも近いものがあるのではないかなぁ。

SNSで正義感を盾に人を攻撃する者にも当てはまるかもしれない。あやまって別人をさらし、際限なく罵り攻撃する人なんかも、憎悪に支配された行動だと言える。中身のある人物だったらまずしない行動だろうし。

ここのところ無職の男性による犯罪も多いけど、無職という社会的立場は空虚そのものだし、悪徳を呼び寄せやすい弱い状態なのだと思う。

ここで序盤の引用文を読み返すと、だいぶ言わんとしていることが理解できるはず。

彼は想像を超えたささやきを聞いた

抗う事のできない魅力が彼の中で徐々に大きく響き渡って行く

-Joseph Conrad, Heart of Darkness

なお、アミハマの精神がよくよく崩壊したのは、言い寄ったアリシアにフラれ、同棲中のダコタンにもフラれたあとです。破局によってマインドがさらに悪化したわけです。破局はタフなものですからね。

破局ホラーということで「ミッドソマー(感想ここ)」の名前も監督の口からあがっていましたが、あれも弱った人物が自然派カルトと遭遇する話だし。

たまに挿入されるダコタンやアリシアの生首や血だらけの寝室のフラッシュバックは、アミハマの鬱屈した怒りと暴力性を象徴している。

あのあと、エリックの傷から出てきた悪霊に憑依された主人公は、ダコタンとアリシアをフラッシュバックで見たように殺そうとしに行ったと思いますよ。

ちょっと強引だったし的外れかと思ったのは、あっちの世界とこっちの世界をつなぐパイプの役割をするのがスマホだということかしら?

単なるホラーではなく、浅く虚ろな人間心理を突く意外性のある映画でした。

不気味な雰囲気もよく出ていた。残念ながら最初の30分くらいが一番ブキミな雰囲気が出ていた時間なんだけど。

まぁ手放しで褒めるような作品ではないんだけど、嫌いではないよ。

残念だったのは、ニューオリンズという土地柄を全然生かしてないこと。バー付近の街並みは見せてくれるものの、ニューオリンズの音楽は出てこないし(ストリートパフォーマーが一人)、ニューオリンズの熱さも伝わってこないので、ニューオリンズである必要がない。そこが何より残念だった。