ミセスGのブログ

海外ドラマ&映画の感想をパンピー視点で書いてる。

【クラッシュ】非リアルなキャラとステレオタイプな人種差別で我々の知性を侮辱するワースト映画

クラッシュ


クラッシュを見た感想です。 ジェームズ・スペイダーが事故ると興奮してセックスをしたくなる方のクラッシュじゃない方のクラッシュです。

映画を見て腹が立つことはあまりないものの、この映画は非常に腹が立った。 腹の立ち具合で言うとパールハーバーとフューリーと同じくらい腹が立ちました。

酷評してるんで本作が好きな方はどうぞ気分を害さずに。こういう感じ方をする人もいるのかと参考に留めてください。

 

【クラッシュ】作品情報

原題:Crash
公開年:2004年
上映時間:115分
監督:ポール・ハギス
出演:マット・ディロン、サンドラ・ブロック、ドン・チードル、マイケル・ペーニャ、タンディ・ニュートン
製作国:アメリカ
言語:英語
ジャンル:ドラマ

 

【クラッシュ】感想

監督はポール・ハギス。 おそらくハギスご自身も人種差別にあったことは一度もない。いじめに遭ったことがない人がいじめを題材にして映画を作るとこうなるという典型的な映画である。人種差別を経験したことのない人は映画に高評価を与えるかもしれない。

これがアカデミー賞作品賞だなんて冗談かと思ったくらいだが、アカデミー賞はしょせんアメリカのハリウッドの映画関係者5000人が投票して決めてるだけなんで、白人の視点と基準に合致したものが選ばれるのは致し方ない。

日本のレビューもアメリカのレビューも高評価と低評価に 割れていた。高評価をつけた人は素晴らしい映画だと褒めちぎる一方、 低評価をつけた人は 信じられないほどの駄作で視聴者を侮辱していると切り捨てている。 私の評価は後者。

ただ日本は単一民族なので人種差別がいまいちピンとこないため映画がよく理解できないという理由から低評価をつけた方も多いようだ。

本作はロサンゼルスにおける日常の人種差別を群像劇で喋り倒している。最初から最後まで登場人物がステレオタイプ的な人種について喋ってる。描くのではなく、文字通りダイアログで人種について延々と言及している。

それも日常生活を送っている中で人種への言及が顔を出すというような自然な描き方ではなく、「人種差別をどう考えるか」と言う新聞に掲載されたインタビュー記事や政治スピーチを読んでいるかのような不自然な描き方である。台詞はどこもかしこもとってつけたような仕組まれたわざわざ感でいっぱいだ。

本作のキャラは人種のことしか頭にない。冒頭のシーンでは 黒人二人組が登場し、白人は黒人がみんな犯罪者だと思っているというようなことを延々と話している。

この時点で既にイヤな予感がした。この映画まさかずっとこんな調子でステレオタイプな人種差別発言をしていく映画なんじゃないだろうかと。

その上、この黒人たちはそんなことを言いながら車を盗んでいく。なんだこの風刺!ステレオタイプな発言をさせた上に黒人が車を窃盗というステレオタイプな犯罪を犯させ、黒人のステレオタイプ的偏見を植え付けてくれてどうもありがとう。

サンドラブロック演じる金持ちの白人女性は、黒人やヒスパニックは皆犯罪者だと信じて恐怖を感じながら生きてます。アジア人は存在がないものとして描かれ、LとRの発音ができません。もうこういうステレオタイプがずっと最後まで続いてそれはウンザリします。

ロスアンゼルス近郊に住んでいる私の知る限り、日常生活で見かける人種差別はもっとずっと微妙で複雑なものである。本作にはその微妙さがまったくなく、サルでもワカる人種差別しか描かれていない。

いっそのこと「クラッシュ~サルでもワカる人種差別~」にタイトルを変更したらいい。あるいは人種差別を受けたことのない一定の層に対する教本にはなるかもしれない。

マット・ディロン演じるレイシストの警官と、ライアン・フィリップ演じる良心的な新人警官という対照的な二人のキャラがいます。マット・ディロンは何の理由もなく黒人夫婦の車を停めて、嫁の体をまさぐって辱しめます。人種にセクハラまでブッこんできた。

その後マット・ディロンは良心を持ち続けようとするライアン・フィリップに「自分のことを分かっているつもりだろうが、本当の自分というのをお前全然わかっていない」みたいな講釈を垂れます。

まるでこれから二人の善悪が入れ替わることをぴったり予言しているかのようです。そんなあなたの予感は当たります。マットディロンの預言どおりにコトは運んでいきます。

サンドラ・ブロックは強迫観念的に黒人やヒスパニックが犯罪者と信じ込んでいるのですが、自分がピンチの時に誰も助けてくれずヒスパニックのメイドが助けてくれます。そうするとサンドラ姉さんは「あなただけが友達よ」みたいなこと言ってチープな人種差別の乗り越えを実現します。そら良かったおめでとう、もう恥ずかしくて見てられない。

現実的に考えてサンドラ・ブロックはその後このヒスパニックのメイドと親友になったとは考えづらく、人が抱いている人種に基づく偏見をくつがえすエピソードを一つ考えて人種間の友好を図ってはどうだろうという陳腐で説得力のない演出の仕方に心底反吐が出た。

どんな人間にも心の底に偏見や差別心があるということ、でも人間は一面的ではなく多面的であることを言いたいんでしょうが、あまりにも陳腐でお粗末すぎる描き方です。

マット・ディロンやサンドラ・ブロックが黒人あるいはヒスパニックを憎む動機もまったく描かれていないし(父が黒人のせいで家を追い出されたってだけ?)、ボーダーライン的な心理や人間の曖昧さも描かれていない。ディロンはまさか父の看病でストレスがたまっているから黒人にあたっているというお粗末な動機とかないよね。

しかもこのレイシスト警官がのちのちセクハラをした黒人女性の命を助けるという奇跡の偶然感動話。こんな陳腐な贖罪をもってきて心打たれるとか本気で思ってるんだろうか、もはやハギスが心配になるレベル。

一番引いたのは、ペルシャ人の親父がドアのカギ締まらないっつって鍵屋マイケル・ペーニャの自宅に銃を持って向かった挙句(なにそれ?)、銃を撃つ瞬間にペーニャのカワイイ娘が間に入って撃たれてしまう…と思ったら銃が空砲で娘は透明マントをかぶっている天使でしたー背景にはアメリカの国旗がはためく~という寒い展開に恥ずかしさで一杯でした。

はいここで泣いてください、みたいな壮大な演出で、これは映画史上、最高に冷めたシーンのひとつに入るし、これ以来ペーニャが苦手になってしまった。ペーニャはエンド・オブ・ウオッチとかいうDQN警官映画でもジェイク・ギレンホールとバカやってるし、彼を良かったと思ったのはシューターのサポート役くらい。

人種差別という題材はなにも新しいものではないし、むろんポール・ハギスが見つけた題材ではない。これまでにも幾多の映画で人種差別を扱ってきているのに、今さらこんな不自然で人工的な人種ステレオタイプの深みが吟味されていないキャラばかり出てくる非リアルな虚構の人種差別を見せられ、アカデミー賞をとってしまうという虚しさよ。

あまりにも人々の知性を侮辱しているとしか思えない映画です。

良かったのはマット・ディロンだけ。

評価:10点