久しく映画の感想から遠ざかっています。
一体何をしているのかというと、馬に乗って痛んだ股間にシップを貼ったり、「ゲーム・オブ・スローンズ」と「ザ・ワイヤー」を観て「ウヘエ」とか「ウホウ」とか言ってました。
ゲースロ放映中はなかなか他の事考えられなくなるんです。知ってますか、いっぱい人が死ぬんですよあのドラマ。そんなゲースロもあと1話で終了なので、終わったらまた映画を観れるようになるかも。
気分を変えるために久しぶりに映画を観てみました。日本公開は5月17日の映画「アメリカン・アニマルズ」の感想です。
【アメリカン・アニマルズ】作品情報
原題:American Animals
公開年:2018年(アメリカ)
監督:バート・レイトン
出演:エバン・ピーターズ、バリー・コーガン、ブレイク・ジェナー、ジャレッド・アブラハムソン
上映時間:116分
監督はイギリス人のバート・レイトン。「Locked Up Abroad」という海外で収監された人々を扱ったドキュメンタリドラマが好評で、多数の賞を獲得している。ドキュメンタリー「The Imposter」で英国アカデミー賞最優秀デビュー賞を受賞した。
論議を醸す題材やドキュメンタリにユニークで直観的なビジュアルを挿入する手法が有名だ。
この映画は4人の学生諸君が12億円のビンテージ本を大学から盗むという実際の事件を基にしているしていない。
実際の大学生窃盗犯4人(スペンサー・レインハード、ウォーレン・リプカ、エリック・ボルソック、チェイス・アレン)も登場しており、本人たちによる説明を挿みながら映画は進んでいく。
(たまに本人と話しちゃったり、本人の心配そうな姿を見ちゃったりする)
日本の「奇跡体験アンビリバボー」や中居君がMCやってるようなバラエティ番組で出てくる再現フィルムみたいな感じ。映画は実話なので、実話を再現したドキュメンタリー映画という不思議な映画です。
【アメリカン・アニマルズ】あらすじ
2004年に4人の大学生が時価1200万ドル(約12億円相当)のビンテージ本強奪を狙った窃盗事件を映画化。
ケンタッキー州で退屈な大学生活を送るウォーレンとスペンサーは、くだらない日常に風穴を開け、特別な人間になりたいと焦がれていた。
ある日、2人は大学図書館に保管されている時価1200万ドルを超える画集を盗み出す計画を思いつく。
2人の友人で、FBIを目指す秀才エリック、すでに実業家として成功を収めていたチャズに声をかけ、4人は「レザボア・ドッグス」などの犯罪映画を参考に作戦を練る。
作戦決行日、特殊メイクで老人の姿に変装した4人は図書館へと足を踏み入れ……。
アメリカン・アニマルズ-映画.com
大学生が12億円のビンテージ本を盗む。
愚かなのか天才なのか。
大学生になれたというのに何故自ら破滅への道を歩もうとするのだろう。しかも4人のうち1人はFBIを目指す秀才で、もう1人は実業家として成功しているのだ。
自分に自信がある人は可能性に目が眩むってやつだろうか。
だいたいうまく強奪できたとしてもどうやってさばくのそれ。第三者、第四者を通して洗ってからコレクターに売却する手はずなのだろうか。
まぁいいや、私みたいな凡人には分からないよ天才のやることは。こうして凡人は天才を真綿で首を締めるように殺していくでしょうねぇ。くわばらくわばら。
アメリカの大学生が「レザボア・ドッグス」とか参考にして12億円相当のブツを盗む。
実に夢があります。大人にも子どもにも夢を与えてくれます。さすが強盗ヒーローを生み出す本場アメリカです。
と、上記したこととは180度違う方向の映画です。
ちなみに事件を起こした4人は「アメリカの鳥類」写本の窃盗には失敗しますが、2冊目ダーウィンの「種の起源」と3冊目の宗教改革時代の本は盗み出すことに成功します。
【アメリカン・アニマルズ】感想
これは強盗映画ではありません
これは殆どの人が「想像と違った」という印象を持つこと間違いない映画になるでしょう。予告やサイケでクールなポスターに完全に騙された。
あらすじを読んだ時に目につくのは、「レザボア・ドッグズを見た」だとか「4人の大学生が1200万㌦の強盗に」とか派手な部分です。
人間(というか私)というのは愚かな生き物なので、派手なものに目がいきます。したがって「ケンタッキー州で退屈な大学生活を送る」という部分をさらっと見過ごしてしまいます。
また、私はすでに若者ではなくナイスミドルエイジになっているので、若者特有の葛藤や苦悩といった心理状態を察することに鈍感になりつつあります。
この2つの理由から、私は本作をてっきり「オーシャンズ」シリーズに代表されるクールでスマートな英雄強盗ものと勘違いしていました。
私のようなジェネレーションX世代以上は同じように勘違いしている人もいるかもしれません。
断言しますが、本作【アメリカン・アニマルズ】のテーマは強盗映画ではなく、若者の苦悩です。
これを頭に入れておくと、バカな餓鬼どもが犯した愚かな強盗犯罪をあざ笑うのではなく、若者の苦悩という監督の意図するテーマを汲み取って観音様のような心で観てあげることができるでしょう。
精神的にハングリーなアメリカン・アニマルズ
スペンサーは大学でジョックス(スクールカーストの最高位の男の子たち)になれるわけでもなく退屈な日々を過ごしています。
このスペンサーを演じるのがバリー・コーガン。アイルランドが誇る若手実力派だ(コリン・ファレル様と同郷)。
たぶんもうミヒャエル・ハネケが「ファニーゲーム」のリメイクのリメイク(まだ作るんか)に彼を出演させようとツバ付け済み。(ていうかもう出演してた?と幻想してしまうほどファニーゲーム顔のバリコー。)本作ではアイリッシュ・アクセントを隠しての登場。ちなみに私はアイリッシュ・アクセントを聞くとメロメロになる。
スペンサーはケチな窃盗を繰り返す友人ウォーレンの窃盗に付き合う毎日。
ウォーレンはエキセントリックで短絡的な性格をしている。要はろくでなしだ。肉屋から肉をかっぱらったり、ケチな窃盗に従事している。親御さんたちが「あの子と付き合うのはやめなさい」と太鼓判を押す教科書通りのバッド・インフルエンス(悪影響)友人である。
スペンサーはある日図書館の見学会で12億円の写本を目にする。それはジョン・ジェームズ・オーデュボンの写本「アメリカの鳥類(Birds of America)」の初版(1827年)で、2003年当時現存する写本で最も高額な写本であった。
こんな感じの鳥類の写本である。(ただし実物はかなり大きい。)
スペンサーが写本のことをウォーレンに話したことから、窃盗事件への道が敷かれていく。
スペンサーが車中で「図書館で本があってさぁ…12億円もすんだって」と切り出すと、ウォーレンが「は?図書館にそんな高額なもん置いてあるのか?」、スペンサー「いや、ガラス箱のなかに入ってるんだけど」、ウォーレン「警備員いるんだろ?」、スペンサー「いや、いなかった」、ウォーレン「でも警備システムとかあんだろ?」といった調子で会話が進んでいく。
こうして12億円の写本を盗まない理由が次々となくなっていき、ウォーレンが写本をさばくルートを確認したあと、FBIを目指す秀才エリックとドライバー役の実業家チャズをリクルートし、計4人で強盗をすることになる。
さて強盗の実行だが、ド素人の大学生が強盗をするのだから大失敗に終わるのは予測できるものの、実際に再現されたものを見ても、とにかく酷い仕事ぶりだ。
「お年寄りが一番警戒されない」というのは認めるが、4人が4人こんな変装して図書館に入ってゴニョニョしてるもんだから、怪しいことこの上ない。
唯一の障害の司書さん(アン・ダウド)は、本作では部下をいびったりしないし、侍女に拷問することもないし、トニー・コレットを悪魔崇拝に引きずり入れることもしない。善良で本を愛するノーマルな女性だ。
そんなノーマルに扮したアン・ダウドをコントロールするために、なんとテーザーガンを使う。しかもテーザーガン食らっても意識は失わない。ただ痛いだけだ。あと泣き叫ぶ。たぶん、いじめっ子としてのアン・ダウドの顔しか知らないアン・ダウドニストへのファンサービスだと思う。
かわいそうにアン・ダウドは紐で拘束され、泣き叫び、失禁までしてしまう。そんな姿を目撃した実行犯のウォーレンとFBIワナビーの秀才エリックはめっちゃ動揺する。汗が滲み、顔色はチアノーゼみたいにブルーになる。大声で「シャッタファックアップ」と叫んだりする。
そんな状態なので、取るものも取り敢えずエレベーターに乗り込むが、エリックが慌てて全階のボタンを押して勉強中の学生たちに見られたり、目的の階についたら真っ暗で何もないとか、とにかく信じられないミスばかり起こす。もちろん本は滅茶苦茶重い。
そんな姿をみて「馬鹿だろこいつら」と烙印を押すのは簡単だが、問題は「なぜ中流家庭で何不自由なく育った白人大学生男子がこんなバカな真似を?」したのかということだ。
発起人のスペンサーとウォーレンはおろか、エリックも秀才でFBIになるつもりだったし、4人目のチャズは幼少期からパイオニア精神に溢れ、実業家としてすでに成功していた人物だ。
そんな彼らが何故、今の生活を危険に晒してまで強盗に走ったのか?
その答えはひとつ、彼らは精神的に飢えていたからだ。物理的には満たされていても、精神的に飢えていた。スマートにいえば承認欲求を満たし、自己実現したかったのである。
ここで冒頭に出てきたダーウィンの種の起源が頭をよぎる。本作ではポスト・ダーウィンの現代社会が舞台だが、現代の資本主義において力を持つのは、「金」「成功」「繁栄」なので、動物的な本能では、これらを手にしないものは淘汰されていくと考える。
この4人のアメリカン・アニマルズは本能が欲するものー現代社会では金、成功、繁栄ーを求め「こんなバカな真似を」せざるを得ないほど精神的な飢餓にあったのだろう。(もちろん彼ら自身、欲しいものが分かっていなかった)
こうした若者の渇望と心理は普遍的なもので、映画でもよくあるテーマだ。クリント・イーストウッドの「何時何分、パリ行き」でも、テロ犯を封じ込めたアメリカ人の若者がひとつ間違えればアメリカに刃を向けていたかもしれない危険を内包していたことも認められるし、どちらに転んでもおかしくない。
実行後、ウォーレンはスーパーで冷凍食品を万引きするが、手に取った冷凍食品には「ハングリーマン」と書かれていた。事件を起こしたあともウォーレンは決して満たされることはなかった。人間の飽くなき欲望は、おそらく永遠に満たされることはないのかもしれない。
アメリカの若者による銃乱射事件も、学校でのいじめも、心の底には愛情不足や注意を受けられない不満が鬱積していると指摘されている。若者の満たされない欲望が精神的な飢餓状態になったとき、予想できない何かが起こる。
それは英雄的な行為かもしれないし、国民が「お馬鹿」と烙印を押す行為かもしれないし、国民を絶望のどん底に突き落とすような恐ろしい行為かもしれないということだ。
自分の「このままじゃダメだ」「こうしたいああしたい」というちっぽけな欲望が可愛いものに感じた瞬間だった。
監督の技巧が光る
ドキュメンタリに定評のあるバート・レイトン監督だけに、本作でも窃盗犯4人を出演させ、インタビューのシーンを要所要所に挟むという手法を用いている。
たとえばスペンサーとウォーレンが12億円の写本があることについて話し始めたあと、スペンサー本人とウォーレン本人のインタビューが挿入されるようになっている。
(二人とも窃盗事件の発起人つまりどちらが言いだしっぺか、自分の責任を否定している)
ウォーレン「誰が言いだしっぺか、誰が発起人か大勢の人に聞かれるけど、彼(スペンサー)が釣っていたように感じる。そして俺はまんまと餌に引っかかった。」
スペンサー「ウォーレンは一度何かについて考え始めたらずっとそのことに固執する。だから簡単に写本のことを忘れないだろうなと思った」
この手法は、刑務所で7年を過ごした各々が当時を振り返って反省する様子や愚かな過去を悔いる心情をダイレクトに受け止められる。若気の至りで愚かな選択をしてしまう若者にくどくど説教するより効果があるかもしれない。
ことさら強盗を英雄視する映画が量産されているなかで、犯罪を奨励しない映画として好感が持てる一作である。
冒頭で書いた「愚かなのか天才なのか」という自問には「ごくふつうの若者」と自答します。