ミセスGのブログ

海外ドラマ&映画の感想をパンピー視点で書いてる。

久しぶりに日本の映画館に行ったら、そこは「クワイエット・プレイス」の世界だった

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久しぶりに日本の劇場に映画を見に行って、軽く逆カルチャーショックを受けてきた。

久しぶりの日本の映画館で驚いた3点は以下の通り。

  • チケット売り場がマシン化
  • 劇場内が静かすぎ
  • 終了後、誰も立たない

まずチケット売り場がマシン化していた。遅かれ早かれそうなるとは思っていたけれど。(映画館のチケット売り場がマシン化しているんだから、郵便局でクレジットカードやデビットカードを利用できるくらいしてほしいものだ。)

次に劇場内に入ると、劇場の半分くらい埋まっているのに音が何もしない。「あれ?まちがってクワイエット・プレイスの劇場来ちゃったかな?みんな空気読んで静かにしてる?」とか一瞬思ったけどそうではない。

公共の場所での日本人は外人と比べて静かだけど、映画館がいくらなんでも静かすぎて落ち着かない自分がいた。正直にいうと、落ち着かないどころか怖かったというのが本音だ。

映画はまだ始まっておらず、予告もCMも映画の注意事項もまだ始まっていない、スクリーンには何も映っていない状態だ。

ところが会話している人もいないし、みんな静かに座って話し声さえ聞こえない。どのぐらい静かなのかというと図書館より静かで、階段を登る私のフラットシューズのごく小さなペタッという音が響くくらい静か。

始まる前でも劇場を行ったり来たりする人もいない。「ポップコーン買ってきて」とか「ドリンクいくつ?」とかいう会話も聞こえない。

まさにクワイエット・プレイス、音を出したらモンスターが辻斬りしに来る代わりに、たぶん周りの日本人の冷たい視線と文句が飛んでくるだろう。

映画館でのノイズどころか観客一体型のライブ映画館にすっかり慣れてしまった私には、映画が始まって音がするまでひどく居心地が悪かった。

みんなはどう?

そら静かな方がいいし(特に映画始まってからは)、映画の際中に話しまくるのは言語道断だけど、始まる前くらいは少し会話が聞こえたりした方が居心地よくない?

私だけかもしれないから、聞いてみたいのよね。映画が始まる前、あのクワイエット・プレイス並みの静かさで居心地悪くないだろうか?

なんとも思わなかったら失礼しました。

そして3つめは、映画が終わっても立つ人がごく少数だということ。以前に映画館でスマホを見るという行為に批判が集まり、twitterで拡散された。これに便乗する形で、映画終了後にすぐ立つ人への批判もあったので、こんな記事を書いたことがある。

映画館でスマホを見るのはアリ?ナシ?アメリカの映画館から語ってみる

なお映画終了後(クレジットを見届けずに)席を立とうが立つまいがは個人の選択なので、他人がどうこういう問題でもなければ、どうこういう資格もないと私は考えている。当たり前のことだ。(もちろん、立ったまま目の前にずっといるとか、ウロウロしてクレジットが見えなくて怒るのは無理ない。)

私は席をすぐ立つ人間だが、席を立たずにクレジットを見届ける人は映画の製作のことまで考えられる思慮深い人であると想像できるし、映画をそこまでリスペクトできるのは良いことだ。

ただし席を立つ人を批判するのは間違っているし、他人に席に座ったままでいるよう強制するのは自己中心的な考えだ。

設定は違うが、堀江貴文氏が新幹線で「席を倒していいですか?」と聞かれて腹が立ったとツイートして炎上していたのだが、よくよく考えてみると彼の言うことは私は理解できる。

彼のツイートの言葉遣いが乱暴だったため「言い方からしてダメ」と全否定する人が多かったわけだが(あるいは元々堀江さんに良い印象を抱いてない)、彼は「新幹線の席を倒すときに声をかけることが常識になってしまう日本社会は良くない」と感じているのだろうと思った。だとしたら私は賛同だ。

(ちなみに私は堀江さんのファンでもアンチでもなく、ニュートラルに考えている。賛同できない言動もあるが、この件に関しては賛同できる。)

いみじくも経済学者で哲学者のジョン・スチュアート・ミルが語ったように、他者に強制するよりも許し合うことが長期的には社会のためになるという弁に私は賛成だ。

自由の名に唯一ふさわしい自由とは、他者の自由を奪ったり、自由を得ようとする他者の努力を妨げたりせずに、自分なりの方法で自らの利益を追求する自由のことだ…人間は、他者に善だと思われる生活をすることを互いに強制するよりも、自分にとって善だと思われる生活を互いに許し合うことで、より大きなものを得るのだ

これは私がもともと相互干渉を極度に嫌う個人主義者であること、アジアで普遍的に見られる集団主義にもともと性格が馴染まなかったこと、アメリカに長期居住したことで個人主義の利点を味わったことが影響しているので、日本人の方には共感して頂けないかもしれない。

しかし「一挙手一投足見られているようで、生きにくい」「他人の目が気になる」「自分らしく生きられない」「人間関係に悩んでいる」「アメリカは人間関係のストレスが少なく、住みやすい」という日本人の声を多々聞くので、その背景に「他者に善だと思われる生活をすることを互いに強制する」習慣が日本社会にあることは間違いない。

アメリカに移住した日本人が「生きやすい」というアメリカ社会とて問題は抱えているが、個人主義であるアメリカは「他者に善だと思われる生活を互いに強制する」社会ではなく「自分にとって善だと思われる生活を互いに許し合う」社会により近い。

この点に留意した上で、映画終了後即立つ人派や、新幹線のシートを倒す際にイチイチ声をかけるな派について、その真意をいまいちど考えるてみると違った一面がみえてくるかもしれない。