ミセスGのブログ

海外ドラマ&映画の感想もガッツリ書いている、ホラーを愛する国際結婚&アメリカ在住女のブログです。

サンプル1つで日本人は〇〇と決めつけるのは、偏見と差別を助長する

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先日読んで引っかかったブログの投稿について考えてみました。引っかかったブログというのは、こちらです。

客に胸を触られたんだけど、日本は暴行OKな国なの? - Phil Hardison

それについて、こちらの方が反論しています。

たった一人からされたことで、「日本は暴行OKな国なの?」とか決めつけるのはレイシストだからですか? - だいたい難破中

興味深い議題だったので、ちょっと考えてみることにしました。

余談ですが、だいたい難波中さんのブログが今おもしろい。何を隠そう、私は、みんな大好き「警察官クビになってからブログ」を面白いと感じなかったマイノリティですので、私の興味の対象は皆さんと違うかもしれませんが、今一番おもしろいと感じているブログです。

 

事件のあらまし

Phil Hardison さんが日本人男性に胸をつかまれ、その怒りをネットでぶちまけたところ、海外からは「それは暴行だ」と大きな反響があったけど、日本からは反応が少なかったということ。その結果、「日本は暴行OKな国なの?」というタイトルでバズっていました。

そこに、だいたい難破中さんがたった一人からされたことで、「日本は暴行OKな国なの?」とか決めつけるのはレイシストだからですか?と疑問を呈していました。

 

勝手な考察と見解

それでは私の勝手な考察と見解です。

まず、胸をつかむのはセクハラどころか、暴行です。それは日本でも外国でもどこでも同じです。絶対にやってはいけないし、あってはいけないことです。女性の立場から言わせてもらうと、日本でも海外でも基本的に体に触れるのは、よほど親しい人じゃないとNGです。

よくも悪くも、日本人は性に対する意識が低い一面があります。たとえば、公衆の場で赤ちゃんのおむつ交換をする、子どもの(toddler)お風呂の写真など、真っ裸に近い写真をSNSに投稿する、10歳になっても女児が父親とお風呂に入る、男児が母親とお風呂に入る、コンビニでは子どもの目の高さに性的な雑誌が置かれている、電車のつり革など公衆の場に性的な描写がある、テレビで性的表現をする、テレビの低俗な芸能番組で、お笑いの男性がゲストの女性の胸に触れるような動作をする等々。

日本にずっと住んでいればこのような状況に慣れているので、問題視することさえありません。しかしよく考えてみたら、倫理的に問題視されるべき事ばかりです。

ちまたでは「セクハラ」という言葉だけが暴走してフェミニストを刺激していることもあって、いっけんセクハラに厳しい社会といった印象や、なんでもかんでもセクハラにするのはおかしいといった見解を持つ人もいるかもしれません。しかし、かのような実情を見てみると普通の日本人の性への意識はまだまだ低いと言える。

性に対する意識が低いということは、セクハラに対する意識も低く、セクハラの敷居が低くなる可能性も無視できません。アメリカは恐ろしいほどセクハラへの意識が普及されていて、女性でも「えっそれもセクハラになるの?!」と思うような行き過ぎの面もありますが、少なくとも「太った?」「綺麗だね」とか人の容姿が話題にすることはありませんので、アメリカに比べるとセクハラに対して日本人の意識が低いのは認めざるを得ない。

しかしこれが「日本は暴行OKな国なの?」となるのは暴論ですし、論理が飛躍しすぎです。私はかつて路上で外国人に胸を触られたことがありますが、それが「外国人は暴行OKなの?」とはならないわけです。

サンプル1つで日本人は〇〇と判断するのは、偏見を助長し、差別につながりかねず、危険な論理思考だと思います。極端な話、あるアメリカ人にセクハラされたとします。次もアメリカ人にセクハラされ、次の次もアメリカ人にセクハラされました。けれども次にセクハラをしてくるのがアメリカ人かどうかの確率なんて誰にも分からないわけです。満員電車内の痴漢は非常に多いですが、これが日本ではなくて他の国であったとしても、同じように痴漢の件数は多くなるでしょう。現に、この件で外国人のほうが反応が良かったことはそれだけ外国の方が暴行が多いという証でもあります。

人間は非常に影響されやすい生き物なので、テレビで痴漢の報道を何度も流せば、人間は「ああ、この国はワイセツが多い国なんだ」と思いますし、ヒアリの危険をテレビで何度も流せば、交通事故の死者数よりヒアリの死者数の方が記憶に残るので、ヒアリはなんて危険なんだと思うわけです。日本に住んでいれば、なおさら日本のセクハラ事件のニュースの方が多く入ってくるので、「日本はセクハラが多いんだな」というバイアスがかかります。

残念ながら、人間というのは自分が持っている情報がすべてであり、その情報に基づいた判断に絶対的な信頼を置く生き物です。Facebookでこの投稿を読んだ人たちの脳には、「日本人の男が若い女性の胸をつかんだ」という情報がインプットされます。すると、彼らの脳が刺激され、脳内にもともとあった日本人男性に関する情報が引きだされます。それはハリウッド映画にあったメガネ姿のサラリーマンが買春をしているシーンであったり、日本のアニメに出てくる少女の性的なコンテンツ、あるいは日本軍が慰安婦を性奴隷にしていたという見聞であったりします。

これらの情報がリンクされ、結果として「日本人男性は性的プレデターである」というバイアスがかかった判断が彼らの脳内に下されるわけです。

ある日本人にセクハラされた➡日本は暴行OKな国なのか という飛躍は、自分の過去の経験や最近の出来事に、自分が知っている思いだしやすい知識(日本の痴漢、日本の政治家によるセクハラ騒動)を重ねて肉付けした結果であり、これ以上なくバイアスのかかった見方で〇〇は〇〇であると結論づけることは、偏見と差別を助長しかねないことに留意すべきです。